総一郎は、真っ白な海ウサギです。 海ウサギだから、もちろん泳ぐことができます。 そして、秘密ですが、水から水へ、「飛ぶ」とこもできます。 「おや、こんにちわ」 そして、総一郎がその水たまりに飛んだとき、小さな頭の上から声がかかりました。 「こんにちわ」 総一郎も、にっこりと上を向いて答えます。 「うさぎさん、かね…?」 ほうきを持ったおじいさんが、水たまりの総一郎をのぞきこんでききました。 「うん。ボク、海ウサギをしている、総一郎です」 「ほほう。わしは、動物屋の、店長をしておる、…店長さんじゃ」 誇らしげな総一郎に、うれしそうに店長さんは言って、ほほっほう。と笑いました。 「ところで、海ウサギ、とは、なんじゃね? 不勉強でわるいが、初めてきいたのう」 「ええとですねえ」 総一郎は少し首をかたむけました。 「野原にいるのが、野ウサギですよね。雪の上にいたら、雪ウサギ。それで、僕は海にいるので、海ウサギなんです」 ほほほっほう。とおじいさんはうなずきました。 「なるほど。でも、ここは、海じゃないのう」 「ええ。海じゃないですねえ」 にこにこと、総一郎は笑って店長さんに答えました。 「あの、動物屋さんって、なんですか?」 今度は総一郎がたずねます。 「う〜ん。ま、見てもらったほうが早いじゃろ。おまえさんと同じじゃなあ」 おじいさんは、がらりと後ろ手に、ガラスのとびらを開けました。 「ま、お入り。お茶も、にんじんもあるぞぃ。…おっと、水がなくても、歩けるのかの?」 「もちろんです。だって、ウサギですから」 動物屋、と書かれた木の看板をじっと見上げて、かるく答えたあと、総一郎は、とてりとてり、とお店の中に入っていきました。 小さく見えたお店は、中に入ると、ガラスのケースが天井までぎっしりとならんでいました。 上の方でははネコたちが寝そべったりおもちゃを追いかけたりしています。 真ん中には、トカゲやヘビ、イグアナなどのは虫類。下では子犬が骨をかじっていますし、ウサギたちはしずかなすみっこにおいてありました。 そして、けっこう広い店内に、やわらかな音楽がかかって、お店の真ん中には真っ白なテーブルと、同じく真っ白い、色々な大きさのいすが置いてあります。 「ま、そこにおすわり」 店長さんが、その中で一番小さくて、背の高いいすをすすめてくれました。 ちょうど総一郎の上半身がテーブルの上に出る高さです。 「お茶は…、飲むのかね? にんじんはお好きかね?」 ぴょいん、と総一郎はいすに飛び乗って、すましてこたえました。 「ボク、緑茶は大好きなんです。でも、にんじんはえんりょしておきますね」 「ほほっほ、海ウサギさんは、にんじんはお嫌いか」 「海草のほうが、好きなんです。海ぶどうとか、さいこうですね」 ほほっほ、ともう一度店長さんは笑って、青いゆのみに緑茶を入れてくれました。 「おいしいです」 両手でゆのみをもって、あついお茶を一口のみ、満足そうに総一郎はうなずきました。 「そうかい、ありがとう」 店長さんは、真ん中の大きさの椅子に座って、自分の前にもゆのみをおきました。 「さて、海ウサギさん、これが動物屋じゃよ」 ふうん。とつぶやいて、総一郎は周りをみわたしました。 「なんでみんな、ガラスの中に入っているんですか?」 「そのほうが、見やすいからかのう。あとは…」 そこまで言ったとき、がらら、と音がして、男の人が一人、入ってきました。 「おっと、お客さんじゃよ。ちょっと待っていておくれなぁ」 そう小さな声でささやいて、いらっしゃいませ、と、男の人に向き直りました。 男の人は、きょろきょろと落ち着きがなさそうに周りをみまわしています。 「あ、あのー…」 ほ。と店長さんが微笑みました。 「ねこ、いますか?」 「ほ、ほ。いますとも、いますとも。小さい子が良いですかの? 大きい子が良いですかの?」 スーツ姿に、うすっぺらいかばんをにぎりしめた男の人は、ごにょごにょと、 「…その、ちっちゃいのが、いいんですけど…」 といいました。 「ほほ、小さいのもいますのう」 店長さんは、にっこりと笑って、続けました。 「ところで、おまえさんは、良い人ですかの?」 へ? と男の人は、目を丸くしたあとに、突然とろん、とした目をして、 「いえ、僕なんて…、良い人じゃないです…。今日も会社で怒られたし、何も出来ない男なんです…。もう、二十六だっていうのに、やっと、一人暮らしはじめたところなんです…、なさけない…」 泣きそうに言いました。 「ふうむ。そういっとるが、どうするかの?」 店長さんは、ずらりとならんだガラスの上の方をながめました。 「はあぁあい。アタシ、そのコ、気に入ったわ」 一番上のガラスケースの中から、真っ黒なしなやかな子猫が声を上げました。 「オレも、そいつがいい。強い男に鍛えてやるんダい」 もうひとり、三毛の子猫が乗り出しています。 ほかの猫たちは、男をガラス越しにちらりとみただけで、興味なさそうに、ねそべっています。 「ふむ、じゃあ、アムに、チャー、降りてきて調べてごらん」 店長さんの声に、二匹は頭の横のボタンを押してガラスの扉を開けると、のばされたうでに飛び乗りました。 (へえ、あのガラス、じぶんで、開けられるんだ) 総一郎はゆのみを持ったまま思いましたが、なにもいわずに、成り行きを見守ることにしました。 きっとこれが、動物屋なのでしょう。 そのまま子猫たちは、ぼおっと突っ立ったままの男の匂いをかいだり、足を引っかいたり、頭によじのぼったり、くつをかんだりしていましたが、やがて満足したらしく、店長さんに向き直りました。 「やっぱりこのコ、アタシがもらうわぁ」 「オレのだ」 二匹でにゃあにゃあと主張しています。 「ふううむ…」 店長さんはしばらく考えていましたが、 「おまえさんがたは、仲良くできるかの?」 もちろん!と声を合わせた二匹に満足そうにうなずくと、大きな手で二匹を一番大きないすの上にのせました。 それから、空中を見つめたままの男の人をもう一度覗き込みました。 「小さい子なら、この子達なんか、どうじゃね?」 「へ? あ? え、ええ…」 いつのまにか、二匹の小さな舌が男の手を優しくなめています。 ぼんやりとした顔が、少しずつ、ほころんできました。 「どちらも、可愛いですね…」 そうでしょうとも、と店長さんはうなずきました。 男の人は、じっと二匹の子猫を見ていましたが、やがて、 「決めました。せまい部屋ですけど、両方ともかうことにします!」 そういって、自分の胸に、そっと二匹を抱き上げました。 店長さんは、こっそり子猫たちにウインクを送ってから、そうですか、そうですか、といい、男の人にていねいに子猫のかい方や、好きなものなどを一から教えていきました。 ウインクに答えて、猫たちもにやりと笑ったのを、総一郎は気が付いていました。 説明が全部終わると、男の人は入ってきたときからは考えられないような、幸せそうな顔をして、 「ありがとうございました」 と、今度ははっきりといって、大切そうに二匹の入った箱を抱えてお店から出て行きました。 なんだか足取りも軽いみたいでした。 「お待たせして、すまなかったの」 男の人の姿がすっかり見えなくなってから、店長さんは総一郎をのぞきこんで、すまなそうに言いました。 「いいえ。ボク、おもしろかったですし」 総一郎はにっこりと笑って続けました。 「ガラスなのは、動物たちから、入ってきた人が良く見えるように、なんですね」 「そうじゃよ。ほっほっほ」 店長さんは、さっきまで二匹の子猫がいたいすに座って、すっかりさめてしまったお茶をすすりました。どことなく、うれしそうです。 「それと、暑いのが好きな子も、寒い方が良い子もおるじゃろう? 一部屋づつ、その子の好きな温度にしてあるんじゃよ」 へええ。 そういって、総一郎は空いてしまった二つのガラスケースを見つめました。 それから、このガラスのケースに入った自分の白い姿を少しの間思い浮かべましたが、すぐに首をふりました。 「あの、お茶、ごちそうさまでした。それと、お水をいただけますか? ボクもう、行きますので」 「ほ。コップでよいかね?」 そうかね、と立ち上がった店長さんに、総一郎は、 「いえ、バケツでお願いします。身体がつからないと、こまるんです」 と微笑みました。 不思議な頼みにも店長さんは嫌な顔一つせずに、店の奥から大きな青いバケツを持って きてくれました。中に入ったたっぷりの水が、ちゃぷちゃぷとゆれています。 「あ、下でいいです」 テーブルの上に置こうとした店長さんに、総一郎が声をかけて、そのまま、ぴょいん、といすから飛び降りました。 「それじゃあ、本当に、ごちそうさまでした」 「ほっほ、またいつでも遊びにおいで」 もういちどぺこり、と頭を下げた総一郎に、店長さんは優しくそう言ってくれました。 その店長さんににっこりとわらって、総一郎は目の前のバケツに飛び込んで、 そして、そのまま行ってしまいました。 |