海ウサギな毎日


++ 森の魔法使い ++




 きらわれもののオオカミがいました。
「ちえ、いいんだよ」
 オオカミは言います。
「どうせ、おれは、オオカミさ」
 森の中をらんぼうに歩くと、みんなが逃げていきました。
「オオカミは、肉を食うものだからな」

 ある日、オオカミは、小さなウサギに会いました。
「なんだ?」
「はい?」
 オオカミとはちがう、真っ白な毛皮です。
 大きな赤いひとみで、オオカミを見上げていました。
「おまえ、なんで逃げないんだ?」
「ボク逃げるんですか?」
 オオカミは大きく口を開けたまま、しばらく考えました。
「いや、逃げなくて良い」
 そして、牙がいっぱいはえた口を、すこしだけなごり惜しそうに閉じました。

 それから、オオカミはよだれをふいて、ウサギと話をしました。
 誰かと話をするのは、小さい頃に、兄弟とあそんで以来です。
 日がくれかけた頃、オオカミは、オレンジの空を見上げて、聞きました。
「なあ、おれの家、くるか…?」
「はい」
 ウサギは、うれしそうに付いてきました。
 先を歩く、オオカミの顔も、うれしそうでした。
「ちょっとまってろよ」
 誰かが来るなんて、思ってもいない家です。
(もう少し、きれいにしときゃよかったな)
 岩穴にしいてある草をすみっこに寄せて、ベッドにしました。
 そのあと、くらい床に、血のあとがあるのに気が付いて、あわてて、しっぽでごしごしとこすりま
した。
(きえたかな、きえたよな)
「もういいぞ」
 ウサギは、めずらしそうにきょろきょろして、部屋中をながめています。
 そのたびに、オオカミはどきどきしました。
「おもしろい家ですね」
 でも、ウサギはにっこりと笑ってくれました。
「そうか、」
 にいっと、オオカミも笑います。

 次の日、ウサギにさそわれてオオカミは川に行きました。
「楽しいですよ」
 白いウサギは、水の中でぷかぷかと浮いていました。
「そうか、水ってのは、飲むだけじゃないのか…」
 言われたように、足の先からゆっくり水の中にはいると、たしかに、冷たさが何かを洗い流してくれる気がします。
「せなかに、どろ、付いてます」
 そういって、ウサギは、オオカミの身体を洗ってくれました。
「おれも、洗ってやるよ」
 そういってから、オオカミは、このウサギには汚れたところなんて無いことに気が付きました。
 自分を見下ろします。
 オオカミを洗った水が、川の中、灰色のすじとなって流れていました。
「どうしたんですか?」
 けれど、当たり前のようにウサギは、オオカミの前にすわっています。
「いや、なんでもない」
 オオカミは、ウサギをこすりはじめました。
「やっぱり、オオカミだって、きれいな方がいいよな、…」
「?そうですね、きれいなほうが気持ちいいですよ」
「そうか、」
 あしたからは、ちゃんと、からだを洗おうと、オオカミはこっそり決めました。


 オオカミとウサギが森を歩いていると、動物たちは逃げていきます。
 がさがさという、足音だけが、あっという間に遠ざかっていくのでした。
「なんで、みなさん…?」
 ウサギが言いかけたのを、オオカミは、どきりとして、さえぎりました。
「それは!それは…だな、…ええと、おれが、おれが」
 見上げた赤いひとみが、次の言葉を待っています。
 オオカミは、あせりました。
 本当のこと、…みんなを頭からばりばり食べちゃうからだ、なんて、オオカミは、このひとみに、とてもいえませんでした。
「おれが、その、その、そう、…魔法使いだからなんだ!」
 思わず、口から出たのは、ちっちゃかった頃に、母親から聞いた、森の魔法使い…。
(ああ、おれのばか!そんなこと、信じるわけ無いじゃないか、!)
「ああ、そうなんですか」
 しかし、ウサギは、あっさりとうなずきました。
(よ、よかった)
「そう、そうなんだ。魔法使いだからな、一人でくらしてるんだ」
 じゃあ、ボク、めいわくでしたか? と困ったように聞くウサギに、あわてて、オオカミは首をふりました。
「めいわくなんかじゃないさ!」

 その日も、遅くまで話して、草のベッドで、ならんで眠りました。
 夜中にオオカミは、ぐう、とお腹がなって目が覚めましたが、小さなウサギをじっとのぞき込んだあと、もう一度目を閉じました。
(おれは、魔法使いだからな、)


 次の朝、オオカミは、不思議なにおいで目を覚ましました。
 テキのような、なつかしいような、そんなにおいです。
 においは、もうすぐそこまで来ていました。
 ウサギの眠る岩穴から、そっと出ると、オオカミは、ウサギに聞こえないくらい、低く、低くうなりました。
「やあね、兄さん。わたしよ」
 しかしそこに、木の枝をかき分けて出てきたのは、なんと、昔わかれたきりの、いもうとでした。
「おまえ、向こうの山に住んでいたんじゃなかったのか?」
「そうよ。でも、ひっこそうかと思って」
 最近、向こうはえものが少ないのよ、と彼女は言いました。
「朝ごはん中だったの?」
 黒いはなをひくひくさせたの見て、オオカミはあわてました。
「ちがう、あれは、ちがうんだ…」
「でも、うさぎのにおいがするわよ」
「だめだ!」
 自分でもびっくりするような、大きな声でした。
「あれは、その、そう、おれの、ともだちだ」
 きっぱりいって、あきれた顔のいもうとを、オオカミは、押し返しました。
「ともかく、今日は帰ってくれ。今のおれは、森の魔法使いなんだ」

(にいさん、どうかしちゃったのかしら、森の魔法使いだなんて)
 いもうとオオカミは来た道をかえっていきます。
(わたしたちは、オオカミなのよ)
 目のはしで、黒いかげがうごいたのを、彼女はみのがしませんでした。
(ほら、こっちには、えものが多いのよね)
 そうして、彼女は、朝食に、太ったネズミを二匹、食べました。
 おいしい朝ごはんでした。


「どうかしたんですか…?」
 ねむそうに起きてきたウサギに、オオカミは、なんでもない、と笑いました。
「そうだ、今日は、いいところにつれていってやるぞ」
 オオカミは、ウサギをつれて、歩き出しました。
 すこし足元がふらついているのが分からないように、ゆっくりと歩きます。
「すごくきれいだからな、きっと、気持ちいいぞ」
 山道をあがって、洞くつをぬけ、きりたったがけの道を二人は進みます。
「足元に気を付けるんだぞ」
 そう言ったとき、からん、という音がしました。
 細い道に小さな石が、いくつもからからと落ちてきます。
「走るんだ!」
 上を見上げて、オオカミは叫びました。
「ここを抜ければすぐだから!走れ!早く!」
 ウサギが夢中でがけの道を走りぬけたとき、すごい音を立てて、大きな岩がふってきました。
 がらがらと、たくさんの岩が、がけの下へと落ちていきます。
「だいじょうぶですか? オオカミさん、オオカミさん?」
 ふりかえって、ウサギは叫びました。

 つちけむりが収まったとき、道につみ上がった岩の向こうから、返事がありました。
「おれは、平気だ! お前は、けがはないか!」
「大丈夫です」
 それを聞いて、オオカミは、安心しました。
 心底、良かったと思いました。
「いいか、良く聞け、そのまま、どんどん進むんだ。そのうち、山のむこう側に出る。いいな、どんどん進むんだぞ」
「オオカミさんは、どうするんですか?」
 かりかりと岩を、両手でひっかきながら、ウサギが言いました
「おれは、森の魔法使いだからな。皆に、このがけのことを知らせなくちゃならない。だから行け。またくずれるぞ。早く!」
 そう、オオカミが吠えたのを聞いて、ウサギは手を止めました。
「…わかりました」
 そう言って、少しだけほほえんで、一面の真っ白な花の中を、歩き出しました。
「ボクまた、遊びに来ますね…」
 花畑の中で、ウサギがつぶやきました。


「行ったかな…」
 オオカミが言います。
「…行った、わ、にょ…」
 いもうとオオカミが何とか答えました。
 どんなにふんばっても、重くて、もう、あごが外れそうです。
「お前も、もう、行くんだ」
(いわれなくても、そうするわよ…っ)
 いもうとオオカミがくわえている彼の前足からは、血がだらだらとながれて、谷底へとすいこまれていきます。
「おれのかわりに、森に、このがけのことを伝えてくれ」
 そう言って、オオカミは、前足をふりました。

 

「ありがとう、魔法使い…」
 そう言って、総一郎は、見えてきた小川にとびこみました。
 白い花をにぎりしめたまま、ぎゅっとめをつぶって、とびこみました。

 総一郎と、森の魔法使いのお話です。

 

 

back